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日曜日, 12月 09, 2007

都市型限界集落

私達は、老いる。これは、どうしようもない事実だ。

できればきれいに老いたい。

このブログのメッセージだ。
でも、実は「老いる」という話には、個人的な努力でどうしようもないこともある。町で取り組んでいかなければ、私達の暮らしが維持できていけないということもあるのだ。そのひとつに、「限界集落(65歳を超える高齢者が半数以上で存続が厳しい集落)」という問題がある。

「限界集落」とは、町が負う一種病気なのだろう。かかってしまうと、なかなか立ち直れな い。ただ、予測して手をうつことはできる。人の「生活習慣病」にたとえてみても良いのかも知れない。結局自ら解決を試みない限りは、悪い方向へしか行かない。予測できるこ とがあるのならば、その前に手をうってみることだ。

サンデープロジェクトという番組で取り上げた限界集落の第二段。
先週は山間部の限界集落を報じていたが、今回は都市部の限界集落を報じていた。今回は、
  • 1960-70年代のニュータウンにおいて同一世代の入居者が一斉に高齢化している実態、
  • 1990年の大店法改正による中心市街地の商業の衰退と住み手の郊外化による中心市街地全体の衰退、
  • 2000年代の合併による財政主体の政策による住民を軽視した政策
に焦点が当てられている。

衰退していく集落に反して、最後、2件ほど成功事例も紹介している。このふたつの事例に共通しているのは、住みやすい町を作っていく根幹には、弱者を含めて人がつながっていくための公共サービス(インフラ)を提供することが必要であるという思想にある。また、他者(特に国)から干渉を受けないことの重要性もあるようだ。

番組の内容を紹介してみたい。



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今、都市部にも都市型限界集落と呼ばれる地域ができつつある。

番組では秋田県の湯沢市さつき町を取り上げる。
町の中に空き家と更地が増えていく。また高齢者だけが住む住宅も多い。平均年齢57.4歳、高齢化率47.9%、限界集落に近い。駅から徒歩20分と近く通勤圏として絶好の場所である。ここが作られたのは1960年代。全国で進んだニュータウン型開発の一つで、、20-30代。1971年には110世帯362人いたその町も、今では64世帯146人と減っている。

多摩ニュータウンも紹介されている。71年に入居が始まり計画人口34万人の町だ。百貨店、スーパーはもとより、小中学校、大学まで整備された。電車で1時間半ほどの通勤圏として名をはせた。だが、計画は伸び悩み21万人、新たな入居者が少なく、当初の住人が年を重ねて高齢化率も高まり、多摩市愛宕3丁目では高齢化率34.4%と全国平均を21.5%よりはるかに高い。商店街もシャッターがしまった店が増えた。

大阪の62年入居開始の千里ニュータウンでは、高齢化率43%を超える区域も出ている。

近年高齢化率が増えた自治体の上位は、60年代頃にできたニュータウンのあるベッドタウン。高齢化率の上昇は40%を超える。ニュータウン型限界集落の到来が近づいている。10年すると今の中山間部の高齢化率においついてしまう。

ここまでは、60-70年代のニュータウンが、同世代で作られた町なので一気に高齢化してしまうという現象だ。これに、90年代の大店法改正による中心市街地の空洞化と郊外化が追い討ちをかけているれいがある。

江戸時代秋田藩佐竹南家の城下町、湯沢市上町(駅から徒歩15分)の例。湯沢位置のお屋敷町だ。このお屋敷町は高齢化率49.3%。小中学生は0。理由は中央の商店街がなくなってしまったからだ。商業がないと生活はなりたたない。1991年外圧で政府が大店法を改正し、大型店の出店を大幅に緩和したこと。これによって、市内中心街のデパートが倒産。さらに2年前に中心街にあった病院まで移転させたため商店街は閑古鳥がなくようになった。
中心街の空洞化で若者は町からさらに離れる。上町の人口は64年には194人の町は75人に減り小中学生は0だ。町の将来を語る人たちには悲壮感がある。
湯沢市は合併特例債などおよそ80億で駅前再開発を行う予定だが、効果があがるかは不明。

60年代型ニュータウン 90年代型郊外化 さらに数年前の合併により新たな限界集落化が起きている。

広島県旧作木村。人口1900人でなし作りが主産業。95年高齢化率41.1%となったため、97年改革をスタート。県から10億円の補助金を得て以下の策を講じる。3つあった小学校をやくばに近いところに統合、体育館と図書館を新築し、村民が利用できるようにして村民が集う中心地を作った。
医師がいる診療所と、村民の健康を普段チェックする保健師二人が離れて働いていたものを診療所の横に保健センターをつくり、保健師と医師が緊密に連絡をとれるようになった。健康管理システム、「すこやかめいと」を導入し、高齢者が自宅で血圧・脈拍などを自宅で測定すると、その情報が保健センターに自動的に送られ、保健師が毎日チェックできるようにした。保健師が異常を発見すると隣にいる医師に即座に相談できるようになっているため、ここに、予防・医療・福祉の一体化が実現している。住民の声は本当にありがたいという声がでている。
また、カヌー公園、レストランなどの施設をつくり、観光客が5000人から78000人(2003年)が6年後になった。
その努力が一変したのは、2004年隣のと合併し三次市となってからだ。合併の結果、診療所の保健師さんの働いたスペースにはもう誰もいない。予算削減のため、二人いた保健師は1人に減らされ、働く場所も役場に戻された。また、同じ部署だった保険と医療の福祉課は、市民生活部と福祉事務所に縦割りに分割された。その結果、保健センターは機能は失われ、医師に住民の情報が行くことはなくなった。
費用面でも無料だった「すこやかめいと」は使用量が300円と有料となり、高齢化率はあがったのに、利用率は3割も減った。観光客も現象、役場職員は55名→14名、市民バスは無料→100円と変わったという。合併により半数以上の住民は悪くなったと感じており、将来を案じている。財政基盤の強化からスタートしているので、個別の対応を遅れたという事実があると市長は弁明している。

作木町岡三渕地区は高齢化率75%の限界集落。交通手段の削減が不安を拡大すると訴える。

更に限界集落を追い込むのが、公共交通の削減・廃止である。
今、国は整備新幹線や空港など大型インフラを推進する一方で、市民の足であるローカル線やバスの廃止があいつぐ。

高知大豊町は人口5400高齢化率51%の限界自治体。この町は、川が流れる中腹に集落が点在しており、車を持たない高齢者にとってバスが命綱だ。ところが町は昨年7路線あったバス路線のうち、年1200人が利用する5路線を廃止した。
一方でタクシー会社に助成金を出して乗り合いタクシーを作ったが、前日予約が必要で、運行も週3日。同じ場所に3人が乗ることが求められ、料金は多くの路線でバスの倍くらいなので利用者は伸びていない。勝手の悪いこのタクシーを利用せず、一般のタクシーを利用したら6000円超えの費用がかかる区域だ。

国が進めてきた同じような年齢、同じような環境の人を集めるという町づくりの脆弱性が浮き彫りになっている。いろんな世代いろんな職種の人がいて初めて足腰の強い町ができる。

こんな中、町づくりに成功している町もある。成功のキーワードは自立した町づくりだろう。

岡山県哲西町
合併前50年で人口が半減し、過疎化に悩んでいた町は、住民と市長が話し合いを重ねて、役場の建替えにあわせて、それまでなかった診療所、保健センターなどをひとつの建物の中に作ることにした。を複合施設「きらめき広場」には、保健福祉センター、役場、診療所、図書館があり、公共的なサービスをひとつにまとめた。補助金を利用すると、ホールは文部科学省、診療所が厚生労働省と縦割りのため、あえてたよらず、自力で資金調達して建設。合併時の条件として診療所と保健センターの機能を残せないなら合併交渉に応じないと元町長が主張したという。
広場の求心力はかわらず、商工会、消防署、信金が近くに移転、JA、派出所も移転を検討している。

富山市(人口約42万円)
公共交通の更なる拡充が行われている。全国の自治体からの見学も耐えない。外国人記者の取材も多い。富山市が全国で衰退する公共交通を軸に町づくりを行う稀有な町だからだ。
5年前に森市長が就任した時、赤字ローカル線をもつ。
富山駅と港を結ぶJR富山港線は年数千万円の赤字とされていたが、北陸新幹線の高架化が決定。赤字富山港線をの廃止してバスにするか、路面電車化して残すかの選択を迫られることとなった。当時の市長の判断は長い眼でみて、公共交通を大事にすべきだと考えたという。富山市には黒字の市電が残っており、将来的に相互乗り入れをすれば、採算がとれるという読みもあったらしい。しかし、鉄道を廃止して地域の足を失うことを恐れたという。車に頼れない高齢者がある時から増えることは確実だ。車に頼れない世代になった時に困ることを訴えた。しかし、事業費は50億円を超え、赤字は2000-3000万円が予測された内容に、議会の中でも疑問も出た。しかもその当時、全国で赤字の公共交通が廃止・削減され国も容認していた。その逆風の中で、いずれくる多くの人たちが車に頼れなくなる世代の危惧をかたったそうだ。
一方、若手に町づくりのアイデアを出させた。都市計画課を中心に21人の若手が部署を超えて町づくりの理念を練った。個々の町を公共交通でつなぐという発想をした。
結果としてライトレールという路面電車が開通。電車とホームを完全にバリアフリーにしているため、高齢者にもやさしい。美しい路面電車は評判となり、観光客も詰め掛けた。クリスマスにはライトアップ。ライトレールができてからは3倍以上の観光客ができた。
駅のネーミングライツを1500万円で売り、ベンチにも一口50000円でメッセージを残せる制度など様々な努力を展開。
その他、在来線の高山本線を16本増便しJRに1億5000万円を支払うことにした。増えた運賃収入は市にもどしてもらうしくみだ。
地元民間の民間バス会社経営の24路線を支援。終点には高齢化率40%を超える集落もある。3路線で最終バスを10時→11時としてもらい、赤字を市が補填。
65才以上の運転免許証返上者に、ライトレール利用の20000円のプリペードカードを配るなど、増加する高齢者運転事故の対策とすることとした。
さらに、2路線ある路面電車を環状化して、ライトレールと相互乗り入れを行うなどの対策も打ち出しているという。


コンパクトシティというものの、ひとつの解決策だ。住民を中心にあつめるのではなくて、集まっている集落を効率的につなぐ手段を公共的手段により提供するという内容だ。